• 朝野裕一

運動を時間軸で考えてみる

今日は、

運動を一人の人が生まれてから成長して成人、中年となり、高齢者に

至るまでの時間軸で考えてみようと思います。

生まれてから赤ちゃんは、探索行動やまだ残っている(原始的な)

反射運動を仕切りに行います。

もう運動の宝庫です。

宝庫というか運動をしない時はないくらいです。

環境と自分の大きくなる身体との関連性でどう動かしたら自分が移動

できるかを探ります。

そういう過程で脳の神経はどんどん発達していき、重力下での自分の

身体の操作を学んでいきます。

運動発達の始まりです。

さらに幼児から小学生の高学年に至るまで、神経の発達は続きます。

その間に、運動に対する苦手意識の芽生えも認められるでしょう。

いわゆる、

運動音痴とか言われるレッテルが貼られるのもこの頃からです。

そうはいっても、

日常の生活には何とか適応していきながら、身体運動は続きます。

身体活動といってもいいかもしれません。何らかの目的動作を含む

身体の動きになっていきます。

それが社会生活と密接に結びついていくというわけです。

中学から高校、大学(に行った人の場合)に至っては運動が好きな人は

なんらかの運動部(クラブ)に所属することも多いでしょう。

そこで、神経の発達に伴う動き(スキルと呼ばれます)を小学生くらい

学んだ人は、今度は成長していく身体に合わせたより強い力を要求され

ます。自分の身体を思うように動かすためです。

この辺から本格的な筋肉のトレーニングが必要になってきます。

しかし、

小学生の段階で運動が苦手と感じた子は、もしかしたら運動をする機会

を自ら求めなくなってしまうかもしれません。

そうなると成人以降、運動は必要でも私は苦手、という意識が優って

きて、日頃の運動習慣が認識されなくなるかもしれません。

そのような違いが現れるとはいえ、

成人から社会人と言われる立場になってくると、日々の職業(仕事)

に追われることになります。

意識して運動習慣を形作らないと、運動不足と言われる状態になりやす

いかもしれません。

長期的に個人の運動史を追跡調査したデータを知らないので、何とも

いえませんが、

運動への取り組みというか意識というものの根っこは、子どもの頃の

運動への好き・嫌い、得意・苦手というのが関わっていると思います。

それが、その後の運動への取り組みに影響を及ぼしているのではないか

と考えます。

非常に(運動習慣や運動に対する意識にとって)大事な小学生時代と

いうことになるのではと思います。

さて、

グーッと時間軸を移動させて、高齢になった時はどうでしょう。

今まで運動が得意と思っていた人でも、加齢によって自分の思うように

身体を動かすことができない、と感じると運動に対するストレスが、

運動は苦手と思っている人以上に増すかもしれません。

もしかしたらこの辺で一つの逆転現象みたいなものがあるのかなぁと

漠然とイメージしています。

昔取った杵柄ではありませんが、そういう意識に身体がついて行かず

ついついやり過ぎてケガをしてしまうなんていうケースが起こり得る。

運動を得意と思っていた人が、思うように動けない自分にストレスを

感じるということもあるのではないでしょうか?

逆に成年期にあまり運動自体は得意と思っていなくとも、中年期から

例えば踊りとか何でもいいのですが、何か自分の好きなことに打ち込み

始めた人は、身体活動面でもその効果が生かされるのではないかと

思います。

以前、

股関節の手術を行った方の片足バランス練習をしているとき、その方は

日本舞踊的な踊りを習っていて、実に簡単に片足に重心を乗せて身体の

バランスを保つことができた・上手だったことを思い出します。

そんなことを考えながら、

どこで身体運動・活動の良し悪しが分かれるのか?人の一生の時間軸に

照らし合わせて考えてみることも、必要ではないかと思いました。

系統だった、縦断的な研究を誰かされている、あるいは知っている方が

おられましたら教えてください。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

とにかく生まれてこの世を去るまで運動からは逃れられないものと思い

それならば、できるだけ楽しみながら身体を動かすことができれば良い

なと思います。また明日。