• 朝野裕一

ユニバーサル・オリンピックというのはどうですか?〜Journey to the Exercise World:Vol.5解説編

オリンピックとパラリンピック。来年早々冬の平昌、あと2年と数ヶ月

で東京の夏の大会が行われます。

実は、

勝手に個人的な考え・素朴な疑問を言うと、

オリンピックとパラリンピックは融合した一つの大会にならないの

だろうか?です。

運営上の問題などで、実際に行うには色々課題があるのは想像がつき

ますが・・・

例えば、車いすバスケット。

トレーニングを一緒にさせてもらった経験がありますが、一言で言えば

これ自体が完全に別の競技、選手はもちろんアスリートそのもの。

とてもトレーニングしていない健常者といわれるものが敵う相手では

ありません。

単に記録の問題ではなく、それ自体が一つの競技として成り立っている

のではないだろうか?と思います。

もちろん公平性、ハンディキャップのあり方などを考慮して障がいの

程度を揃えて行う必要があるのは理解できます。

やはり競技として競っているわけですから、オリンピックにしても

ドーピングが常に問題になるのも、条件の公平性という面でも必要

だからでしょう。

しかし、記録という面から言うと、特に陸上競技の走幅跳びなどは

いずれパラリンピックの記録の方がオリンピック記録を上回るのでは

ないかと思います。

ですから、パラリンピアンがオリンピックに出ることを逆の意味で

公平ではないとし、認めない意見もあるくらいです。

それくらい今の義足の機能が技術的に進歩しているわけです。

そして、トランスヒューマニズムと言う考え方が科学技術の進歩に伴い

広がってくると、どこまでが障がい(と言われてきたもの)と健常

なのか?区別すること自体がナンセンスになってくる時代もくるのでは

ないか?

そのこと自体は、多様性を受け入れ差別的な考え方を排除していくため

にも必要で、良いことだと思っています。

もちろん、

様々な障がいを残すケースが全て解決するわけではありませんが、

今よりはもっと技術的支援のもと、ハンディだったことがハンディに

ならなくなるのではないかと、期待できます。

そして、その先に

健常者といわれてきた人の記録を上回ることができる技術と競技が、

出てくることも容易に想像できます

そうなれば、

もう記録自体を競うスーパーなオリンピックと、今までのオリンピック

とパラリンピックは一つの大会に融合させたユニバーサルオリンピック

で開催するという考え方も、あながち的外れではないのでは?

などと考えます。

そんな趣旨での、Journey to the Exercise World:Vol.5でした。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。また明日。