• 朝野裕一

身体-カラダ-メンテ その二

前回のその一では、

「できるだけ長く自分の身体を自由に操作する、

ということの前提には、基本的な動作能力の積み重ねが

必要だと考えています。」と書きました、


どうしてそう考えたのか?について書くとも

述べていましたね。


今回はその話から、

とは言ってもどこから何をどう書くか?

全く想定していません。


まずは、

自分の身体を自由に操作する、とはどういうことか?

文字通り、自分が思った通りに自分の身体の動きを操作する

ということになります。


例えば、

ちょっと高い段を1発で飛び乗ってみようと思い、

それをバランスを大きく崩すことなく達成する。


ちょっとした水たまりを飛び越えようと思い、

難なく水に触れずに飛び越えられる。


靴下を立ったままバランスを崩さずに

いとも簡単に履くことができる。などなど。


数え上げたらキリがありませんが、

要は必要以上の努力を要せずに、

自分が企画した動きを再現できる、

難しい言い方になっちゃいますが、

そういうことです。


もしそれ自体がうまくできなかったとしたら・・・

不自由さを感じるかもしれませんね。

なんかやだなぁとか、あれっ!?

どうして前にできていたはずなのにできないんだろう。


色々余計なことが頭をよぎる瞬間です。

これを、歳だから、自分も歳をとったものだなぁと

半ば自虐的に捉えることが多いような気がします。

まぁそれが普通の感覚なのかもしれません。


でもちょっと待ってください!

そう捉えたとしても何も解決はしない。

思う通りの動きを再現できないことに変わりはないんですね。


ここからが分かれ道、

仕方がないなぁと思い、

段々と不自由になる身体の動きを容認するか、


なんで前できたことができないんだろう、

それは嫌だなぁ、できるようにならないものか?

と良い意味での抵抗感を持ち、できるようにトライしてみる。


私自身は後者の考えです。

あまりにも多くの方が、“歳のせい”と言って、

改善の試行(トライ)を諦めているような気がしてなりません。


何かもったいなないなぁと、

余計なお世話かもしれませんが思うわけです。


もちろん、

何もせずに前にできたことが、

奇跡的にできるようになるわけではありません。


小さな気づき;あれ?前にできたこんなことが前よりやりづらい;

から始め、それを再現しようとトライする。

その積み重ねが、長い間自分の身体を自由に操作することを

可能にする条件だと思います。


なぜならば、

知らないうちにトライしてこなかった積み重ねが

ある動きを容易に再現することを難しくしているからです。


理屈っぽくなってしまいましたが、

そんなわけで、

毎日の小さな身体の動き、その操作感覚を

確認することから始めてみませんか?


いきなりきつい運動を強いるわけではないので、

ハードルは低いのではないかと思います。

その積み重ねがのちに健康寿命を引き伸ばす

要因になるかもしれませんから。


この話はまだまだ続きます。

では次のその三でまたお会いしましょう。

ここまでお読みいただきありがとうございました。




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