• 朝野裕一

運動の発達について考えてみる

子ども時代の運動体験・経験はその後の自分の身体感覚の認知などに重

要なものであることは自分の体験をいうまでもなく真実だと思います。

生まれてこのかた、ヒトは周りの環境を探索しながら、その感覚を自分

の身体との関係性として認知して、自分の行いたい行動を達成するべく

試行錯誤の上、獲得していきます。

そもそも、

これらの探索行為は、生まれてから赤ちゃんが示す行動を見ていたら、

よくわかります。

しかも、誰に言われるまでもなく自然と起こす行動です。

仰向けで手足をバタバタさせ、自分の身体(四肢)の動きを確認し、

そのうちに自分で寝返りをし、うつ伏せになり、四つ這いを試み、

ハイハイで移動手段を獲得します。

一方で起き上がって、自分で座ってなにかをしようとも試みます。

ついには、何とか自分で立ち、よろよろしながら転びながらも歩くこと

を学習していく。そのことによって自分の行きたいところに行くことが

できるようになる。

この間、誰も強制はしていません。援助はするだろうけれど。

しかし、

幼稚園から小学校に進むにつれて、他者から色々なお題(課題)を

提供されるようになります。

それらをこなすことによってさらに自分の身体操作を学ぶことになる。

さらに、

特に身体運動を特化した形で、体育という名の下に指導されて行く。

この時に、あまりに型にはまった運動ばかり行なっていると、その後の

運動選択の自由度を損なわせるのではないか?そんな危惧を感じるのは

私だけでしょうか。

その間に、運動が苦手と感じた子は益々苦手に、嫌いになるのでは?

と感じてしまいます。

そこに何らかの遊び(play)が必要でしょう。だから、子ども達は

色々な遊びを発見して、身体を自分の自由に動かそうとする。その試み

の一つが遊びであり、子ども時代のスポーツもその文脈で位置付ける方

がいいのではないかと思います。あまり型にはめ込み過ぎないで、と。

(著作者:Jackel51927)

次回から少しお勉強モードで、この運動の発達について考えてみたいと

思います。今日も読んでいただきありがとうございました。また明日。