• 朝野裕一

当たり前のことを確認してみよう;3次元の空間

当たり前のことを当たり前に行うことって意外と難しいのではないかと

思っています。

ついつい私たちは、当たり前のことをすっ飛ばして何かちょっと工夫を

してやろうとか、

マンネリ化という名目のもと、違ったことをしてみたくなります。

でも、

何事にも原理原則みたいなことがあって、それを無視してなにか新しい

ことをうまくできるわけではありません。

しかも、

この当たり前のことがよく考えてみると、そう簡単にできることでは

なかったりもします。

話をいつも通り運動に転じてみても、同じことが言えると思います。

特に人が身体を通じて外界と接しながら運動というかたちで働きかける

ことには、現存とした原理があると考えられます。

そこで、

当たり前のことを一つ一つ確認していく作業をしてみようと思いました

今日はその第一弾です。

それは何かと言えば、

「運動は3次元の空間で行われる」です。

当たり前じゃぁないか、と早速言われそうですが、この当たり前の事実

をしっかりと意識するとしないとでは、トレーニングやエクササイズを

行うときにその意味合い・効果に大きな違いが生じてくると思います。

私たちは日常生活の中で、わりと決まり切った動きを毎日のように繰り

返しています。

これを、

運動の定型化と呼ぶことにします。

これに対して、

運動の自由度という考え方があります。運動の自由度が高いほど自分の

身体をいかようにも動かすことができる、コントロールが可能、

という意味です。

生まれてしばらくは、

この自由度を獲得するための外界との悪戦苦闘が続きます。

その過程で、だんだんと自分の身体を空間上で自由に動かすことができ

るようになっていきます。

これが運動発達です。

一方齢を経てくると、

再びこの運動の自由度が奪われていき、思うように身体を動かすことが

困難になっていきます。

若い時はあんなに柔らかかった(硬い人もいますが)身体が、いつの間

にか硬くなってしまう。気がついたら思うように身体を動かせていない

ことに愕然とする、ということはあなたならずともよくあることです。

さて、

人類はこの地球上で3次元という空間の中で生きています。

なので、

運動が3次元の空間上で行われる、といことは当たり前のことです。

しかし、

動きが定型化していくと、この3次元の空間をうまく生かしきれない、

あくまで3次元上ではあっても、動く空間の範囲が狭まってくる、

ということが起こってきます。

これが先ほども述べた、動きの定型化(固定化)です。

決まり切った軌跡・軌道の中での運動に限られてきてしまう、

ということです。

これを、

当たり前のことが当たり前にできなくなってしまっている状態、

と考えるわけです。

3次元の空間を自由に大きく動くことのできる自由度、柔軟性を獲得

するためには、今一度自分の動きがどれだけ3次元空間上を動かせて

いるか、考えてみる・感じてみる必要があるのではないでしょうか。

もう少しこの話を続けようと思います。次回に続きます。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。また明日。