身体操作知性3
3.身体操作における知性とは?
身体を操作する上での知性とはなんでしょう?
身体を操作するという言葉には、
身体を自分の思う通りに/目的に叶うように/効率よく
動かすという意味が含まれています(含むと考えます)。
ある日ある時、
自分の身体の動きがぎこちない/重たく感じる、
思う通りに動かせない、もし思う通りに動かせたとしても
想像した以上の努力を必要とした、
と感じることがあるかもしれません。
一般的には、
年をとったり、疲れすぎていたり、
その気になれない(動きたくない)ときなどに
感じることかもしれません。
でもそのことに気づくことがまず大事だと思います。
では、気づいた後にどうするか?
これは個々人で対応が異なるでしょう。
個人的には、
身体操作を取り戻すためにはどうしたらいいか?
できれば考えて欲しいと思っています。
そうして色々試してほしい。
思考と試行です。
気づきから思考し、試行する。
さらに、実際に試行したことをフィードバックしながら、
次への(その先までの)行動につなげる。
この一連の作業こそが知性を伴うものだと思います。
ですから、身体操作には知性が必要と考えています。
そして、この知性によって、
自分の身体を長い期間自由に動かす(操作する)
ことができるのではないでしょうか。
結論として、
日々の生活場面の時点から、自分の身体の動きの調子を
点検して欲しいなと思います
これがいわゆる身体-カラダ-メンテ(ナンス)です。
そうしてこそ、いわゆる健康的な生活をできるだけ長く続ける
(健康寿命の延伸)ことにつながると確信しています。
参考までに、
以前書いたブログ「身体メンテ その一」と
「身体-カラダ-メンテ その二」には、
身体操作のことが書かれているので、
参照くださればと思います。
今日もここまで読んでいただき、
ありがとうございました。ではまだ次回に。
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