• 朝野裕一

運動を記憶する

今日ここで書くことは学術的なものではなく、あくまで私の頭の中で

考えてみたことの羅列に過ぎないことを最初にお断りしておきます。

運動を記憶することは、運動学習の過程で必要なことでしょう。

単に数字を記憶するのとは異なり、またある場面を記憶してのちに

思い出す・思い起こすこととも異なります。何が異なるといえば、

そこに運動感覚が伴うということです。

ある運動を学習するには、

そうですね、例えばけん玉を練習しているとしましょう。

何回も失敗を繰り返しながら時たま(まぐれかもしれないけれど)

成功する。

それを記憶することは容易にできることではありません。

覚えたかな?と思った次の瞬間、また失敗を繰り返す。

その連続の中で段々と自動的に(あまり考えずに)できるように

なっていく、そんなイメージです。

失敗をした時にはどうしてそうなったか結構深く考えたりもします。

人によってやり方は違うでしょうが、失敗した理由を考えて試行する。

文字通り試行錯誤することが必要になってきます。

でもそんな中、時折一発で上手くいくことがあります。

何だか分からないけれども成功する気がしてきて、実際やってみると

上手くいく。

しかし、

これがすぐに定着することはなく、しばらくやらずにいるとまた失敗

の繰り返し、となります。

果たしてどの程度の練習が必要なのか?よく一つのことに関して1万

時間以上学習すると、いっぱしの技術(スキル)を得ることができる

と言われていますが、運動に関しても同様のことが言えるのでしょうか

調べていないので分かりません。

時間が具体的にどのくらい必要か?は抜きにしても、繰り返しの練習が

必要なことは確かでしょう。

一方でイメージトレーニングの効用も知られています。

脳内で視覚化した状態を再現し、さもその場にいるかのように臨場感

あふれる状況を想像して行うことができれば、それはそれで有効な練習

となるのでしょう。

一般的な記憶に関しても、海馬の存在は重要ですが、そこで完結する

わけではなく、他の大脳部位との関連性が必要と言われています。

運動であればなおさらのこと、運動野との関連が必要になるでしょう。

そして習熟するにつれて、自動化された動きとして定着することに

なるのだと思います。

年齢と運動の記憶(運動学習)との関連も指摘されています。

高齢者になる程、運動の学習は可能ですが若年者よりも多くの脳の部位

を必要とするという報告もあります

同じ学習を行うにも多くの脳の部位を関与させないと同じ学習をする

ことができないということです。

逆に考えれば、運動を記憶することは、脳を活性化させるきっかけにも

なり得ると考えることができます。

同時に二つの動作や作業を課題にして(デュアル・タスクと言います)

行うと、認知症の予防に有効であると言われているのもそういう観点

から理解できます。

雑多に書いてきましたが、

運動を記憶して学習するということは脳の賦活にとても有用ということ

が言えるでしょう。

老化予防にけん玉の練習をしている今日この頃の自分を振り返って

感じたことを記してみました。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。けん玉って結構身体

全体を使う競技ですね。身体運動としても有用な気がします。また明日